慶応4年1月1日

 
 慶応四年正月元日、会津藩慶喜上洛の際の供奉を命じられる。
 「上洛の際の供奉」としてしか、大勢が認識しておらず、戦闘態勢に無かったと思われる。

【結草録】

 明治元年戊辰正月元日未明帰営。其夜大樹公上京せらるゝにより、供奉すべきの命有り。滝川播磨守奏聞状を奉じ行く。

 

 

※文献に関しては、管理人が現代語に近い形にするために、多少の意訳を含めて、
句読点や「」をくわえ、片仮名表記を平仮名に変え、送り仮名を追加し、読みやすい現代語の文章に改めてみました。

文中の()内は主に読み方、【】内は言葉の意味となっています。意味の不明のものや現代語約が不明のものは、原文のまま紹介してあります。
追々不明や間違い等のものについては、判明次第追加していきたいと思います。
間違い等気が付かれた方は、ご指摘頂けると助かります。