妙雲寺

⇒妙雲寺への交通
東北自動車道西那須野ICより車で31分(国道400号沿い)
那須塩原駅よりJRバス「塩原温泉行き」で42分、
「役場前」下車。
拝観料:境内自由


栃木県那須塩原市塩原665
 塩原温泉街の中にある大きな格式ある寺。
 開創は平重盛の妹妙雲禅尼で、本尊の釈迦牟尼仏は平重盛の念持仏と伝えられているそうです。平家一門没落の折、平貞能と共に宇都宮城を頼り、源氏の追討を遁れて、現在の地に草庵を結んだと伝えられるお寺。その由来が示すように、格式が漂う寺で、境内の庭園も趣有る落ち着く寺です。

 戊辰戦争の際は、郡上藩の凌霜隊が駐屯、焼き払う際に菊花紋を焼くに偲びなく、墨で消すが、結局焼き払われず、現在もその墨の跡がみる事が出来ます。
 また、境内には「念仏庵」という建物があり、これは明治18年に品川弥二郎が塩釜の地に建立した別荘で、境内に移築したもの。

 
 <妙雲寺本堂の天井>
 上で紹介した、郡上藩より来援の
凌霜隊がバッテンをつけたという天井。今でもはっきりと墨のバッテンがみる事が出来る。
 一説には、このバッテン、凌霜隊ではなく、西軍の象徴である「菊紋」を消す事によって何とか建物を残してもらおうとした檀徒の手によるものであるという説もある。
 
 <念佛庵>
 明治18年に塩原の塩釜にある品川弥二郎別荘内に建立された産業振興功労先亡者の慰霊堂で、品川弥二郎は、言う迄もなく明治維新に活躍した長州藩士で、戊辰の際には御楯隊を統率し、箱館戦争まで戦った。後明治3年よりドイツ、イギリスなどに6年間留学し、帰国後は内務大臣や、農商務大臣等を歴任、産業の振興に意を用い、自ら傘松牧場・千岱野牧場などを創設した。
 平成3年に、所有者より移築保存の発願あり、ここ妙雲寺に移築されたものである。