『戊辰ノ乱 北征二十絶』は 酒井玄蕃が秋田への進行中の決死の陣中に読んだ二十首の詩である。
1・孟秋出師松久厚将干前軍初四発鶴城予将干後軍初六発鶴城陣兵干大内一鼓束装二皷成列三鼓進撃
(孟秋、東のかたに出師す。松平久厚前軍に将たり。初四(明治元年七月四日)鶴城を発す。余後軍に将たり。
初六(明治元年七月六日)鶴城を発す。兵を大内(城内の広場)に陣す。一鼓束装し、二鼓列を成し、三鼓進発す。)
白鶴雙々軍向東 (白鶴雙々軍東に向う)
可知雙鶴有雌雄 (知る可し衛霍雌雄あることを)
鎏才組練千餘騎 (鎏戈組練千余騎)
不録麒麟弟二功 (録せず麒麟第二功)
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二羽の鶴が飛び来り城(鶴ヶ岡城)の上空を翔舞して、
軍の向う東方に飛んで行き、城の内外吉祥なりと喜んだ。
漢の武帝の時代に衛青と霍去病という二人の将軍が居り、
善く外敵の侵攻を防ぎ、遠く軍を進めて常に大功を挙げた。
2・予初頗知有北顧之憂数論不可東其師然東方日急不可遲疑強受命及発清河不能釋然
(初め余頗る北顧の憂有り。しばしば其の師を東すべからざるを論ぜり。然れども東方日々に急なり。
遅疑すべからず。強いて命を受く。清河を発するに及んで釈然たること能はず。)
清峡關前津吏迎(清峡関前津吏迎う)
江頭飲馬々悲鳴(江頭馬に飲えば馬悲鳴す)
棹歌齋唱連帆發(棹歌斎しく唱えて連帆発す)
是不尋常傷別情(是れ尋常別れを傷む情ならず)
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3・船形戦
風拂舟江宿霧消(風舟江を払って宿霧消す)
三軍戦勝擁●(山ヘンに召)嶢(三軍戦い勝ってしょう嶢を擁す)
旌旗不動轅門肅(旌旗動かず轅門肅たり)
明月一輪上九霄(明月一輪九霄に上る)
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4・先之北兵果起予自舘皐反旆到千舟江賊鋒直接而四方正急新城居國之上流無不破之者以保國家
前軍自鳥越予自柏原不可以昨勝之故卜今日之事三軍殊死平明進兵。
(これより先、北兵(秋田方面)果たして起る。余楯岡より師を反して舟形に到る。敵鋒直ちに接す。
而して四方正に急なり。新庄は国(庄内)の上流に居る。これを破らずは、以て国家を保つこと無からん。
前軍(第一大隊)は鳥越よりし、予柏原よりす。昨勝の故を以て今日の事を卜すべからず。
三軍殊死(死を決する)して平明(夜明け)兵を進む。)
寳刀瑟々氣成虹(宝刀瑟々気虹を成す)
誓掃新城寧顧功(新城を掃わんことを誓って寧ぞ功を顧んや)
軽騎啣枚暁上馬(軽騎枚を啣んで暁に馬に上る)
将軍且拜應神宮(将軍且つ拝す応神宮)
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5・二軒邑小隊長戦没
(二軒村、服部少隊長戦没)
陰々戦苦陣雲深(陰々たる戦苦陣雲深し)
按劍幾回激鼓音(剣を横えて幾回か鼓音に激す)
忽爾万雷起平地(忽爾として万雷平地に起り)
須臾一将斃前林(須臾にして一将前林に斃る)
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6・島半隊長亦斃予趨見之銃丸洞腹眼光幢々乃曰余事矣君勤之三軍之耳目在君勿以余問焉予怒曰
丈夫死中尚求生以報明主而已何早以死為請君忍之葢君者結髪之友中心慼々涕涙潺湲不能自禁
将問所詫銃丸雨集鼓角起干前予椛イ進勒兵退又視之微息僅通試問之遂無所應。
(大島半隊長亦斃る。予走りて之を見る。銃丸腹を洞く。眼光瞳々たり。仰いで余を視て曰く。
吾が事已ぬ。君之を勤めよ。三軍の耳目君に在り、余を以て問うこと勿れと。予叱して曰く。
丈夫は死中尚生を求め、以て明主に報ずるのみ。何ぞ早く死するをもちいん。請う君之を忍べと。
蓋し君は結髪の友、中心戚々たり。涕涙潺湲、自ら禁ずること能わず。将に託する所を問わんとするも、
銃丸雨集し、鼓角前に起る。予勿々進んで兵を勒し、退いて又之を視れば、微息僅かに通ず。
試みに之を問えば遂に応える所無し。)
雙眼仰我膽尚存(双眼我を仰いで胆尚存す)
K貂血逬桃花痕(黒貂血迸って桃花痕)
強収涕涙掃秋草(強いて涕涙を収めて秋草を掃えば)
鼓角前頭不耐言(鼓角前頭言うに耐えず)
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7・薄暮新城陥収兵二軒邑
薄暮新庄城陥り、兵を二軒村に収む。
風翻烟焔捲城樓(風、烟焔を翻えして城楼を捲く)
幾處軍聲霹靂愁(幾所か軍声霹靂として愁う)
傳令黄昏按部曲(令を伝えて黄昏、部曲を按ずれば)
明星高照白旄頭(明星高く照らす白旄頭)
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折からの強風に煽られ、城楼はもとより、城下殆ど灰燼と化した。
大激戦は終わったが、まだ遠近処々で烈しい銃砲声が轟いていて、大勝利後のその砲声は、妙に侘しさを覚えて愁心が湧く。
令を伝えて黄昏を待ち、軍の編成や作戦を図る。
暁の明星が煌々として、我が大将旗。北斗七星旗と相照映して輝いていた。
8・師進次于青木村有一人縛竪子來者問其年曰十二新城番師某之弟二子城陥之日父母兄皆従君逃以余幼之故不能従乃避仇于家僕之處
而為人所訴辞色清楚我為之悽然以為竪子勿論不關成敗之數自解縛與金使以復其處既問之其所訴者乃其家僕
恐禍之波及于已且以要恩賞而竪子得赦之日又奪其金去不知其所之云嗚呼反覆乱離之際人心之不可特如此乎
軍は秋田領に向かい進発し、青木村に一夜を過ごした。その時、一人の男が一少年を縄で縛りあげて我が本営に引いてきた。
問うてみると、年は十二という。新庄藩番頭某の二男で、城陥落の日に父母も兄も皆主君に従って逃走し、此の子供は幼い為に逃げ遅れ、
家僕の家に匿われた。それを誰からか訴えられたのだ、という。少年の顔色容貌も言葉づかいも、端正清楚で、自ら涙を誘われるものがあった。
起って自身で其の縛を解いてやり、若干の金子を与えて帰らせた。後刻その実状を調べてみると、訴えた者は前記の家僕であった。
万一禍が自分に波及することを恐れ、且つ訴え出れば或は恩賞に預かれるかも知れぬとの、さもしい心からであったらしい。
しかも、少年が帰された時、少年の手に渡された金子を奪い取って、行方を晦ましてしまったという。ああ反復乱離の際、
人心の軽薄恃むべからざる、かほどのものであるか。嗟嘆の限りである。
誰家公子涙欄干(誰が家の公子ぞ涙欄干)
面縛帳前鬢髮残(面縛帳前鬢髮残す)
却恨人心自難保(生憎や人心自ら保し難し)
等閑反覆似波瀾(等閑、反覆、波瀾に似たり)
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9・新城陥之後稍進兵雲山萬里敵阻雄歩嶺萬方不能進遂決策前軍従中村予従銀山間道潜師襲之曉發鏡澤實孟秋下八也
新庄陥る後、稍々兵を進む。雲山万重、敵は雄勝嶺を阻んで、万方進むこと能わず。遂に策を決して、前軍は中村よりし、予は銀山よりす。
間道師をひそめて之を襲う。暁に鐘沢を発す。実に孟秋下八なり。
三軍決策向銀山(三軍策を決して銀山に向かう)
曉出轅門意氣閑(暁に轅門を出でて意気閑なり)
喇叭一聲千嶂月(喇叭一声千嶂の月)
七星旌動白雲間(七星旌は動く白雲の間)
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前後両軍二手に分かれて銀山に向かう。
明け方、軍門を意気軒昂として出る。
喇叭一声千嶂の月
北斗七星旗が白雲の間にはためく。
10・八朔過雄歩嶺入于院内先之二日前軍破中村院内自潰
八月一日雄勝峠を過ぎて院内に入る。これより先、二日、前軍中村を破る。院内自ら潰ゆ。
雲峰立馬虜營空(雲峰馬を立つれば虜營空し)
南北懸崖一道通(南北の懸崖一道通ず)
昨夜前軍殊死戦(昨夜前軍殊死して戦う)
重關百二對秋風(重關百二秋風に対す)
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11・新城北大低大岨嶮師困扼于山谷之間者数日到横堀仙北渺茫平原如砥意氣豁然三軍飛揚有并呑北方之志
新庄の北、大抵阻険多し。師、山谷の間に困厄すること数日、横堀に至れば、仙北の野、渺茫たる平原砥の如し、意気豁然たり。
三軍飛揚し、北方を并呑するの志有り。
重關不鎖六軍行(重關鎖ざす六軍行く)
幾處山河破竹輕(いくばく処か山河破竹軽し)
偏座金鞍望仙北(偏えに金鞍坐して仙北を望めば)
眼中早己無双城(眼中早く己に双城無し)
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12・到于西母内驛
西母内駅(横堀付近)に至る。
夕陽如染遠山平(夕陽染むるが如く遠山平かなり)
西母驛前暫駐兵(西母駅前暫く兵を駐む)
野老慣看總閑雅(野老看るに慣れて総て閑雅)
相携夾道拜高旌(相携えて道を夾んで高旌を拜す)
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夕陽が色美しく、遠くの山々を映え照らしている。
敗退した北軍は、湯沢横手二城の守備を厳にしてこの処砲声も聞こえない。
付近の村落の人々も次第に見慣れて、静かに和やかに打ち連れて、
道の両側で庄内軍の旗を拝しに来る。
13・角川之戦
角間川の戦い
羽翼斜披掃野烟(羽翼斜めに披いて野烟を掃う)
六騾遠遁幾人全(六騾遠く遁れて幾人か全き)
渡頭獨有舟中指(渡頭独り舟中の指のみありて)
落日紅潮起角川(落日紅潮、角川に起る)
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羽翼の陣を張って待つ中に、北軍(主に長州兵)が大挙進撃して来た。
戦うこと数刻、敵は算を乱して角間川を渡って逃走した。
丁度落日が紅を染め、角間川は血の流れと化したかの如くである。
14・我軍長駆次大曲村賊阻玉川疊壁萬重西方之援軍又新至守禦殆非昔日之比
而太平山在其西相去不遠賊據其嶺俯察我挙動毎以烽燧為報
我が軍長駆して大曲村に次す。敵は玉川を阻んで塁壁万重なり。西方の援軍亦新に加わり、守衛殆ど昔日の日にあらず。
而して太平山その西にあり。相去る事遠からず。敵其の嶺に拠って俯して我が挙動を察し、毎に烽燧を以て報をなす。
牙旗高擁曲江間(牙旗<本営の旗>高く擁す曲江の間)
一帯玉川南北頒(一帯の玉川南北に分る)
吹角鶏鳴齋上馬(角を吹いて平明齋しく馬に上がれば)
烽烟又動太平山(烽烟又動く太平山)
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玄蕃の二番隊は本営を大曲に置いて戦機を待った。
敵軍は玉川を障害として頗る塁壁を固くし、陣を備えている。
その間に、肥後薩摩の軍が、海路より久保田に上陸、秋田長州の軍を救援するため、神宮寺に進んできた。
新手の精鋭であり、武器も勝れている。大曲の南北に分れて流れる玉川も、大きな難所である。
しかも、我が方の動静は、太平山から俯見される。そして作戦上長くここに固著することは許されない。
暁暗に乗じて全軍の進撃を令し、一挙新鋭の敵を破砕せんとした。
しかるに又々早くも察知したであろう、太平山から烽烟があがった。
15・登樓望
南方消息邈山河(南方の消息、山河邈たり)
獨上郡樓恨如何(独り郡樓に上れば恨を如何せん)
落日千峰秋色遠(落日千峰秋色遠く)
朔雲無限満天多(朔雲限り無く天に満ちて多し)
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16・次楢皐
楢岡に次す(やどる)
山河月上楢皐烟(山阿月上る楢皐の烟)
陵谷千秋鬼悄然(陵谷千秋思い悄然)
勿道神宮嶺色改(道うこと勿れ神宮嶺色改まると)
到今尚説後三年(今に到って尚説く後三年)
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17・次峰吉川八月中三賊襲狩和野仙軍敗北我出師援之于時有使者傳反師之命聴米反覆國日危急然戦方劇進退不可
予復罹風疾不能自出督軍詫之竹教頭砲聲終夜響枕愁思憤満不能假寐聊短述
峰吉川に次す。八月中三(13日)敵、刈和野を襲う。仙台軍敗北す。我、師を出して之を援く。
時には使者あり。反師の命を伝う。米沢軍反覆して国日に危急なりと聴く。然れども戦方に劇しく進退可ならず。
余亦風疾に罹りて自ら出でて軍を督する能わず、砲声終夜枕に響き、憂思憤懣、仮寐するとこ能わず。聊か短述す。
戦勝薩奴擁帝城(戦勝の薩奴帝城を擁す)
爾來堪貧勤王名(爾來貧るに堪えたり勤王の名)
關河一破連雞乱(關河一たび破れて連鶏乱る)
又不昔時白石盟(復昔時白石の盟にあらず)
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18・夜發峰吉川
夜、嶺の吉川を発す
妙音山上月娑婆(妙音山上月娑婆たり)
寂々軍營炬火過(寂々たる軍營炬火過ぐ)
誰耐数行壮士涙(誰か耐えん数行壮士の涙)
夜深四面楚歌多(夜深くして四面楚歌多し)
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19・金澤道中
金沢道中
山風飄旆恍無光(山風旆を飄えして恍として光無し)
意盡茫々涙幾行(意尽きて茫々涙幾行)
三皷六軍人不應(三皷六軍人応ぜず)
灑成秋草夜來霜(灑ぎ成す秋草夜來の霜)
−<現代語訳>−−−−−−−−−−−−−−
全軍引き揚げにあたり、山風が旗を翻すが、旗色も今や光なく、
全将兵の胸中すでに思いも尽き果てた。
昨日までは一鼓すれば猛然進撃して敵を震い怖れしめた我が将兵も、今日は三鼓すれども全軍の退く足並みは力が無い。
流れる涙は戦衣に滴り、秋草にそそぎ落ちて、夜来の露となったのであろうか。秋気がいとど身にしみる。
20・歸鶴城
鶴城に帰る
戦破三軍哭呑聲(戦破れて三軍哭して聲を呑む)
寧知雌伏失雄鳴(寧んぞ知らん雌伏雄を失って鳴かんとは)
鎏才組練何顔色(鎏才組練、何の顔色ぞ)
収涙強登白鶴城(涙を収めて強いて登る白鶴城)
−<現代語訳>−−−−−−−−−−−−−−
思えば我が軍が鶴城出陣の時には二羽の白鶴が城の上空を舞って、この吉祥に我が軍の士気いよいよ揚がり、
武器甲冑も光り輝き、堂々の進発をなした三軍であったが、敗戦の涙にくれる三軍の将士の状に、何故かしらあの日の二羽の白鶴が思い出される。或は雄は既に亡失し、雌は傷つき伏して雄を求めて悲鳴しているのではあるまいかと。然しあの日あの時、いったい誰が今日の姿を知る者があったろうか。涙を収めて、強いて登る白鶴城。